誉められ症候群
誉めて子供は育てなくちゃいけないとか
けなしたり、厳し過ぎたりしてはいけないとか
何が基準なんでしょう?
確かに誉められるとエネルギーは貰えますが…
昔、私の学校には、善行カードという実にくだらないモノがありました。
それは、良い事をしたら、その度に申告をして
10個たまったら紙が貰えるので、それを校長室に持って行き、
校長先生じきじきに誉められるというシステムです。
きっかけは何であれ、結果的に良いことでしょ?と思うかもしれませんが
確かにそう転んだこともありましたが
子供たちは、誉められたかったり、優越感の為に
わざわざ、問題を起こしておいて、良い事をする
例えば、他人の筆箱をわざと落としておいて
拾ってあげたので良い事をしたなんてことを
さらっとやってのけたんですわ。
それって、放火魔が、放火しておいて通報や消防協力して
誉められるのが気持良いのと、変わらないじゃないですか。
善行っていうのは、誉められる為にするもんじゃありません。
結果的に感謝されたってことで
だいたい、目の前に困っている人がいたら
自分が出きる範囲で協力するっていうのは当たり前のことで
誉められる必要もないんですわ。
誉められる為にした事は、あくまでも誉められる為にしたことなんです。
中には、誉められて育ったから、
結果的に成功するようになったという人もいるけど
誉められると嬉しいから、エネルギーを貰えますよね。
それをうまく利用できる性質だったってことなんです。
私なんて『ちょいと誉めると、努力をしなくなる』って言われました。
誉められるというのは、そういうエネルギーのひとつなんです。
でも、中にはエネルギーを得る為に、誉められようとする人間が出てくるんです。
あの手この手、露骨な人間、したたかな人間と多種多様ですが
いけしゃあしゃあと『他人の為』とか『世の中の為』と言いながら得ようとします。
だから、誉められないと誉められるまで、煩い、しつこい。
結果的にはどうであれ、基本的には
そういうエネルギーを得る為に、他人を利用しているだけなんだから。
売れない芸人が、客を笑わそうとするけれど、
やっていることが、笑わす事を目的にしてるから
つまらなくって、客が笑えないっていうのと同じです。
けなしたりするのも、基本的には同じことです。
それは、そういうエネルギーなのです。
けなすことで、相手や自分にエネルギーを与えたり奪ったりしているだけです。
それじゃぁ、どうすればってことなんですが
大事なのは、正しい反応を返すことなんです。
感謝すべき時に、感謝して、怒るべき時に、怒って
正直に反応すれば良いんです。
子供が髪の毛を引っ張ったら、同じように引っ張ってやれば良いんです。
それで、髪の毛を引っ張るって事を覚えるんです。
子供だからと許してあげれば、子供だから許されるということを覚えるし
叩いて叱れば、髪の毛を引っ張ると叩かれるという学習をして
結果的には、髪の毛を引っ張るって事を覚えません。
ましてや、勉強しなさいとわけもわからずに言われたら
勉強に興味がない子供は、勉強のイメージに、
煩く叱られるっていうものを付け加えて更に嫌いになります。
外国人タレントに興味を持って、ファンレターでも書く気になったら
言われなくても英語を覚えようとするし
必要に感じたら、なんとなくやるんです。
ゲームやりたさに、パソコンを買ったら覚えられたのと一緒。
パソコンだけあっても、興味がなければただのゴミです。
ところで、善行カードなんですが、その後どうなったかは知りません。
結果的に誉められる子供が増えたかもしれません。
どっちかっていうと、善行カードが出きる前のことの方が覚えてます。
同じクラスの男の子の拾ったお金が、6ヵ月を過ぎたので彼に渡そうとしたところ
『恵まれない人に寄付してください』と言ったそうです。
そのことに感動した警察は、学校に連絡をし、
彼は、全校生徒の前で誉められ、
学校は美談で酔いしれていました。
善行カードができたのは、それからすぐだったような記憶があります。
昔のことなので絶対とは言えませんが。
誉められたかったのは、学校の方なのかも知れません。