ポール・ニューマンが亡くなった。
あ〜あ。
最近、映画館で彼を見ることはなくなったけど大好きな俳優で、だんなちゃんと「評決」という映画を一緒に見に行った。
彼の人生の何を知るわけじゃないけど、ドレッシングを売り出したり、レーサーになってみたり、良いことも悪いこともたくさんあったり、彼なりにまだ納得いかないことがあるかどうかは知らないけど、それでも83年間を有効に生きたんじゃないかなって、なんとなくそんな気がする。
ここからポールニューマンの話とそれるけど…。
私の20代ぐらいまでの人生っていうのは、冴えないものだった。
うちのばあちゃんに言わせれば、今の私は「人生の闇を抜けたんだねぇ」状態らしいのだが、ホント、今の私になるまで、耐え忍んでくれた私に感謝である。
だから思うのかもしれないけど、例えば今の人生をやり直してくださいとか言われたら、2度と御免だと思っているところがあって、人間、いつ死ぬかなんて誰にもわからんこったけど、死ぬ時に「もう一度生き直したい」なんて微塵も思わないように生き抜かねばと思っていたりする。
それでもなんだろう…
オリンピックで水泳を見ている時に、最後のひとかきの差、タッチの差で負けているような感覚。
学校の運動会のダンスで、踊ってはいるのだけど、ちゃんと手の先まで延ばしていないような感覚。
1日36時間は欲しいと思いながら毎日生きているのに、それでもなんだか、ちゃんと有効に生き切っていないような…。
なんもかんもが中途半端で、やれていないことばかりが多すぎる。
折角、生きているのになぁ。
必ずしも生産性があることだけが、有意義で貴重であるってわけじゃないことはわかっているのだが、それとはまた別のところで、何かが引っかかっている自分がいる。
なんか、もうちょっとやれるはず、もうちょっと頑張れるはずと思っている自分がいる。
でも、なんとなく見えない壁みたいなのを感じている。
なんなんだろうなぁ。
この世の行いを元に、あの世で魂の査定が行われるとしても、土産にできるような人徳も才能も成果もあるわけじゃないし、そればかり考えてたら、自分の人生なんて生き抜けやしないから、その辺はいっそ開き直るつもりでいるんだけどなぁ。
う〜〜〜〜む。
なんか、浅田真央ちゃんと、もう一歩、そこまで到達できない組のスケート選手のようなもどかしさ。
立派なお墓とかさ、そういうのはともかく良いから、この世にいる間にできるだけやれることをやって生きてゆきたいじゃん?
ポールニューマンは素材もとびきりだったんだろうけど、それに胡坐をかかずに、よく83年間有効に利用して生き抜いたよ。大したもんだね。
本当にお疲れ様。
私も、もうちょっと、もうちょっと頑張ろう。